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俳句

2017年12月 5日 (火)

薔薇の実

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薔薇の実という季語はありません。薔薇は初夏、薔薇の芽は春となっているのに不思議です。

秋に色付いた薔薇の実は雪が降る頃に熟してちょっと腐りかけ、そこに雪が積もったりすると風情があると思います。季語に日本海側の意見はそれほど反映されていないように思うのは、「裏日本」の僻目でしょうか?

今日も雨降りです。

2016年10月 1日 (土)

鳥渡る

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「渡り鳥」、「鳥渡る」は秋の季語です。

写真の鳥は渡っているわけではなくて、出勤するムクドリの群れだと思います。

いよいよ10月、新しい生活に向けて動き出す「予定」ですが、まだ不確定要素が多過ぎて頭の中でいくら考えてもイメージが収束していきません(昔から先読みが出来ず将棋とかヘボでした)。

 一歩ずつ現実になって行く過程でだんだんと先が見えるようになるわけですが、見えるようになってから修正するのは至難の業なので、一歩踏み出す前に出来るだけ先まで見通す能力が欲しいものです。

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「カッパの池」もご無沙汰してましたが、久しぶりに行ってみました。外来魚駆除の時に底を見てしまったので、すっかり興ざめなんですが、雰囲気カッパは居そうです。

2016年8月25日 (木)

秋の海

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めちゃめちゃ暑くて、海岸にたどり着く前に熱中症で倒れそうでしたが、海は既に
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「秋の海」
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でした。
まだ泳いでいる人がいるかもしれないと思っていたのですが、人っ子一人いませんでした。
何をするにも暑すぎるからかもしれませんが、幸い写真では暑さが伝わらないので、秋の海っぽいです。
 

2016年7月24日 (日)

俳句の勉強

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師匠:久しぶりじゃの、まだ俳句をやっておるようじゃの。ホームページを見たわい。
 
私:師匠、お懐かしゅうございます。お帰りになっていたんですね。
 
師匠:まあな、足の向くまま、気の向くままじゃ、ふぉふぉふぉっ。
 
私:羨ましいですね。そういう生活。
 
師匠:何も羨むことは事などないわ、ただの年金暮らしの老人じゃ。そんなことより、
「夏灯 まだ暮れぬ空 はしご酒」
という句が写真俳句の「夏」の中にあったであろう。中々良い所をついておる。だが、句としては少々残念じゃの。良い雰囲気だけにますます残念で久々に訪ねて来たのじゃ。
 
私:この句は結構気に入っているんですよ。夏至の頃、つまらない一次会が終って外に出てみるともう午後8時過ぎなのに何となく空は明るくて、「さあビアガーデンで飲み直し」って感じになるでしょ?見上げると紫色の空に街灯やビアガーデンの明りが灯っているけれど、まだそれほど目立たない。いかにも夏って感じがして詠んだんですよ。
 
師匠:そうか、予想通り「空」にこだわっておったか・・・
 
私:何か問題でも?
 
師匠:句をよく見てみよ。夏灯/まだ暮れぬ空/はしご酒、ばらばらじゃ。
上五、中七、下五、全て名詞で切れておる。これでは俳句の体裁になっておらん。お前は星やら空が好きで中七の「空」を中心に考えておるようだが、そこが問題なのじゃ。
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私:確かにばらばらですね。言われて初めて気が付きました。でも中七の空の情景が句の中核なのでこれは変えられません。夏灯もはしご酒も五文字だし・・・、やりようがないです。
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師匠:一人でやっておると往々にしてそうなるものじゃ。そこでわしの出番となるわけで。
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私:では解決策があるんですか?
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師匠:わしならば、
「夏灯 まだ暮れぬうち はしご酒」
とする。「空」という字はなくなるが、どうじゃ?これならば中七と下五が意味の上でつながるじゃろ。まだ暮れぬうちとなれば空が明るいのはなんとなく伝わる。もう一点気になる事もあるが今回は目を瞑ろう・・・
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私:空がなくなるのは残念と言うかそこから始まった句なのでちょっとびっくりですが、確かに句の雰囲気は変わりませんね。しかも中七と下五がつながった事で上五の季語が引き立ちますね。やっぱり伊達に師匠してませんね!
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師匠:まあ、大した事ではない。岡目八目と言うであろう。一人で考えているとそんなもんじゃ。
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私:また来てくださいよ。どうせ暇なんでしょ?
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師匠:何を言うか!この晴れ間に梅干しも干さねばならんしな、忙しくてお前の相手などしている暇はないわ!
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私:またまた・・・
 

2016年6月22日 (水)

6月のうさぎ

 

                          え!?

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兎は冬の季語です。食用、毛皮を目的に冬場に猟をするからだそうです。

何時の話ですか?

そろそろ季語から外してもらえませんかね。

フランスのお料理番組では、鳥とか兎とか丸ごとブランブランしてますから食べ物なんですよね、基本。でも今の日本ではあまり食べませんね。冬場が旬とか現実からかけ離れているように感じます。

2016年5月31日 (火)

俳句の勉強 季語

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「うさぎ伸びる」は夏の季語、ではありませんが暑くなるとこうなります。

季語の扱いは難しいです。

私が迷ったのは、「シャワー」です。

 3種類の歳時記で確認したところ、1つには夏の季語となっていますが、2つは季語として取り上げていません。検索エンジンで探すと、シャワーを夏の季語として句を詠んでいるページは沢山ありますから季節としては夏なんでしょうね。昔の日本では水のシャワーがプールや海水浴場には付き物でしたからね。プールですら季節感が無くなっている昨今です・・・

 我が家ではシャワーは通年で入浴と同じで特に季節感の感じられない物ですが、私だけは寒い季節になると湯船に入りたいって感じです。

1つの句に2つ以上同じ季節の季語が入る場合は「季重なり」、異なった季節の季語が2つ以上入る事を「季違い」と言って、俳句のルールでは原則として認めない事になっています。勿論例外はあり、非常に強い季語と弱い季語の場合、双方が高め合っている場合は良いとされているようです。

但し書として「初心者はやらないように」となっていますけど、今回は歳時記2勝1敗なので、秋の句に使ってしまいました。

シャワーより湯船が恋し虫の声 

季違いなんですが、個人使用なので大目に見て下さい。

2016年5月29日 (日)

写真俳句、その後

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去年から元気がなかったカポックの挿し木をした子ども達がすくすく育ってます。植え替えたばかりなのに、もう鉢が小さくなりました。親木もちょっと復活していて、植物は強いです。
俳句を初めて一年ちょっと。写真を趣味とするからには「写真俳句」にあこがれていたのですが、なかなか上手くできずふて腐れていました。先日、まるひさんのご助言とご紹介頂いた作例を切っ掛けに何となく様になるような気がしてきました。
肝心の俳句は素人同然なので、まだまだ文字だけで勝負出来るような作品は作れませんが、写真の助けを借りると何とかなりそうな気がします。
一年間の駄作の山からマシなものを見繕って推敲・校正し、「句を詠んだ時以外の」写真と季節感や雰囲気で組み合わせて16句作りました。
 
 

2016年3月12日 (土)

名残の雪

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今朝は冬に逆戻り、膨らみ始めたライラックの芽に大きな雪の結晶が積もっていました。フワフワ落ちて来る大粒でなんとも暖かそうな雪は、春の季語「名残の雪」に相応しい感じがしました。

あまり「別れ」と直結するよな季語では無さそうですが、3月が卒業シーズンとなった昨今、名残雪に別れを重ねてしまうのは自然な事ですね。

あと、

イルカさんのカバーの方がヒットした「なごり雪」は作詞・作曲 伊勢正三 さんなんですね。

君が去ったホームに残り、落ちてはとける雪を見ていた

やっぱり別れの春の「名残の雪」なんです。私は「22才の別れ」より好きです。

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気温も高く落ちるとすぐに崩れてしまうので、綺麗な結晶はなかなか撮れません。

これらを一つのシーンにまとめると、

彼女をホームで見送り呆然と雪の中に佇む青年の脇で、その「汽車」を撮り終えたおっさんカメラマンが、ホームに落ちる雪を這いつくばって一心不乱に撮影している光景になります。

2016年2月17日 (水)

2月は春

2月になると俳句では春の季語なんですね。バレンタインの日も春の季語です。

「バレンタインのチョコレート」で12文字。長いです。収まりは良いですが残りはたった5文字。それでも5文字でもハッとするような句を詠める人はいるんですね。日曜の朝N○K俳句で恐れ入りました。

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春一番が吹いて、4月のような気温になったと思ったら、また雪です。

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名残の雪?なんて思っていたら、

暴風雪。

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昨日は午後から雷も鳴って、本降りになりました。

ベチャベチャの雪で大したことないと思っていたら、

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一夜にしてそれなりに積もりました。

新潟ですからね・・・春はまだまだ。

2016年1月 8日 (金)

俳句の勉強 写真俳句について

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一月だというのに毎日しとしと冷たい雨が降っているので気が滅入ってしまいます。胎内スキー場は何時になったら滑れるでしょう。

最近ブログには載せていませんが、昨年始めた俳句は現在もボチボチと続けています。ブログに載せない最大の理由は写真俳句が上手く作れないからです。

近年市民権を得たようにみえる写真俳句は、俳句を学ぶほどに作れなくなりました。始めた頃は好きな写真に一句添えたらカッコよい程度に思っていたのですが、説明的にならない俳句を写真に添えるのは非常に難しいのです。

逆に俳句に後付けで写真を撮る方がまだましに思えるのですが、だったら写真はいらないとも思えてしまいます。

例えば

 酔い醒めてラジオ聞き入る夜長かな

添える写真のイメージは簡単に湧きますが、であればそんな写真はいりませんよね。

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    落ち葉風並木の空の広くなり

この句は写真の並木で詠みましたが、写真がかえってイメージを限定しているように感じます。それに句の成り立ちとしては「夕べの木枯しがあっての今の風景」を詠んでいるので、写真でその時間経過を表現するのはとても難しいと思います。もしできたら写真だけで鑑賞してもらいたい気分になると思います。

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    夜は白み白鳥の声色めきぬ

これはテーマが白鳥と言うだけで、写真と句のイメージがかけ離れています。句はもっと前の時間、薄明が始まる頃、まだ暗くて白鳥が見えない時間帯の雰囲気です。たとえ句に合うような写真が撮れたとしても、句自体は風景描写と言うより言葉遊びのような句なので、蛇足のように感じられると思います。

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こんな調子でブログ上に共存させる事が出来ずにいるのですが、不思議なもので散歩しながら写真を撮り、俳句もひねっているんです。あくまで同時にやっているだけで、私の頭脳では両者がシンクロする事はなさそうです。

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